識学紹介
友人が、識学を取り入れている会社に入社したという話を聞き、識学というものを調べました。
ここでは特に批判的、肯定的なことを書く気はありません。
(まとめではちょっと私の意見を書きますが、、)
こういうものがあり、かつ、こういうものを取り入れている会社が世の中には存在するということを皆さんに知っていただければと思います。
識学とは
まず最初に識学を知らない人に向けて、識学についてお伝えします。
識学とは、「意識構造学」という学問からとった造語であり、20年以上前に提唱された組織運営理論で、株式会社識学でこの原理論を体系化したものです。
「株式会社識学の識学とは」から一部抜粋
簡単に言うと、「株式会社識学が提案している独自のマネジメント理論」ですね
意識構造学とは
意識構造学について確認しようとしたところ、特にそのような学問を見つけることができませんでした。
なので、正直、どのようなものかは分かっていません。
本なども検索したのですが、以下のような本しか見つかりませんでした
ただこちらも、株式会社識学の代表取締役社長である安藤 広大さんが書いたものですので、意識構造学という学問の本というわけではないようでした。
今回私は識学を理解するためにこの本を読みました。
「意識構造」という言葉であれば、色々な書籍なども出てくるのですが、「意識構造学」という学問は、ネットで調べた限り、書籍やそのような学問としての一定理論は見つけることができませんでした。
ちょっと私の調査力では意識構造学がどのようなものなのかわからなかったのですが、一旦識学がどのようなものなのかを記述します。
// それでも読んでくれる人は続きをどうぞ。。。
どういうものなのか
識学がどういうマネジメント理論なのかをざっくり、私の理解を記述すると
生産性を最大の目的として、組織序列を厳守(トップダウン厳守)し、社員は仕事からモチベーションや成長を感じていくべきであるという考え
です。
上っ面だけの私が言っているので、本来の意味を取り違えている部分もあるかもしれませんが、私は上記のように受け取りました。
生産性を最大が目的
識学では結果が全てです。プロセス(工程)ややり方などはどうでも良いです。
結果につながらなければすべてどうでもよいものになります。
結果については褒めますが、それ以外では褒めません。それがプロであると明記されています。
管理方法としても、プロセス管理は行いません。
管理するのは結果となります。
プロセスを管理すると、部下の成長を阻害してしまうためです。
結果を聞いた後に出来なかった部分をどうするのか考えさせるということになります。
具体的には
上司「今週のノルマは100万だったけど、どうなった」
部下「今週は80万でした」
上司「で、どうするの?」
部下「ノルマ達成が出来なかった理由は○○なので、来週は○○のように改善し、100万を達成できるようにします」
というように結果からの報告と改善を考えさせるようにするわけです。
その際、説教も行いません。説教をすると、それだけで存在意義を満たしてしまうので、成長しないためです。
組織序列を厳守
これはどういうことかというと、
組織の中の序列として、
部下が上司に対して不満を持つことはNG
というような考えです。
上司が言うことに関して、部下はYesということのみが許されています。
識学の理論で言うと、部下は、与えられた仕事をし続けるのみで、意思決定権はありません
評価をしてしまうから不満が出る。意見が言える権利があると思うから不満が出る。
⇒ 不満が出るから仕事が出来なくなる
という風に理論づけされています。
しかし、もちろん、上司はそれだけの責任を持つことになります。
ボトムアップが許されている会社よりも責任は重くなるわけですね。
「権利」=「責任」ということがとても大きくのしかかる理論になります。
アジャイル開発などでよくある、スクラムを組んでみんなで開発しよう!
ではなく、部下は上司の駒というような考えであると私は認識しました。
ただこれは、上司が優秀でないとプロジェクトは破綻します。
その点において、識学でどのように保証するかの記載は見つかりませんでした。
また、「権利」=「責任」が前提の理論ですので、「上司の言うことは絶対、部下は言うことを聞いていればよい」という所だけ抜き取っている会社いたり、
識学のような体系を取ったうえで、「責任は部下にもある(ノルマは部下にもある)」というような考えがある会社がいるとしたら、それは識学を用いているわけではなく、ただのアホでしょうね。
ルール
組織序列制度をちゃんと動かすためには厳格なルールが必要です。
識学でもルールを持たない組織運用は辞めるべきとあります。
例えば、自由なアイデアがほしいと言った上司に対し、部下が言ったことについて、上司の考えから外れたアイデアを言われたために、上司が訂正する
これをロスであると考えるわけですね。
自由のなかにもルールはあるわけで、ルールは明確にすべきであるという考えがあります。
ルールについてもですが、上司が決めたルールに対して、部下が評価する機能を識学は持ちません。
ないとは思いますが、「毎日、恥ずかしいことをみんなの前で言え」と上司がルール付けたらそういうものになるわけですね。
ただ、これは「権利」=「責任」というものがありますので、こんなふざけたことをすると、我に返ってくることになるわけです。
社長は部下の上位互換ではない
よく識学で記載されているものとして、「社長が作業者まで降りるな」とか「社長が作業者に口出しするな」というようなことがあります。
これはそうだと思います。「役」職とある通り、社長にも役があります。それは決して作業者ではありません。現場まで降りて行って、指示などをするのは中小企業の小企業まででしょう。
社長は最もたるところですが、上になればなるほど「決定権」と共に「決定」することが必要なわけです。それは部下にさせるものではありません。自分の担当部分について、決断し、決定していくのが上司、上の人の役割です。
そして、その決断には責任が付きまとうわけですね。。。
なお、コミュニケーションも基本的には直属の上司、部下のみで行います。
そうでなければ、部下は別の上司に報告してしまい、直属の上司への報告を忘れてしまうと考えられています。
社長が社員と話したいというのは、社長の承認欲求を満たしているだけという考えです。
これにより、社員の成長も阻害しているとしています。
モチベーションのあげ方と成長
まず、会社、上司から社員、部下に対してモチベーションを上げよう、成長させてあげようと「努力」することを辞めます。
愛社精神などは社員が「勝手に」持つもので、会社から「持ってくれ」と願うものではないという考えがあります。
ですので、愛社精神などは会社の成長する過程で、社員が確認するものという考えです。
そのためには会社がちゃんと成長していかないといけないわけですね。
成長しない会社は愛社精神が湧かず、見捨てられる会社になるわけです。
そのためにも努力が必要になります。
上司も同じような考えです。基本的には、上司と共に部下も成長を感じることによって、上司についていこうとなるわけです。
上司が悪ければ。。。となるわけですね
企業理念を個々の社員に押し付けない(理解させることを辞める)
これは、私も賛同です(ちょっと意見が出ました。。。すみません)
社長など、企業理念を作った側が、そこに導くようにするのが正しい動きで、社員一人一人はそれを理解するのではなく、会社が導いた先が企業理念である
という考えです。
自主的判断に任せるのは責任放棄につながります。
頑張ったことを褒めない
成果主義というと分かりやすいと思いますが、こちらがほしいと思った成果に対して出来れば褒めますが、それが出来なければ駄目であるという考えです。
以前、私の話した「上司がどうあるべきかを見る」で言う所の、結果承認だけを行うわけですね。
識学としてですが、それでモチベーションが下がるのであればプロではないとしています。
頑張る事だけで問題ないんだと勘違いさせないためのやり方のようです
これは、残業に対してもそうです。
残業することについて褒めることは辞めます。
残業がいいことだと勘違いして、無駄な残業や作業を増やさない様にするためです。
まとめ
いかがでしたでしょうか
今回は識学というものについて紹介しました。
私としては、全体的な考えとしては合わないかなという印象ですが、
良い点(取り入れてもよい点)も多くあると感じました。
「社長が部下に媚びを売らない(相談に乗らない)」とか
「残業をほめない」とか
ここら辺はそうだなと思いました。
ただ、私としては、上に対して意見を言いたいタイプですし、
上司が完璧超人とは思ってない人間なので、
そこはストレスになってしまうでしょうねw
あと、これを実践するには、厳密なルールが必要で、
単純に「部下は上司のいうことを聞いていればよい」というところだけを
取って運用するとひどいことになるものだと感じました。
ただ、識学をあまり学ばず、さらっと理解で運用すると
「権利」=「責任」というのを無視して、権利だけ振りかざす
ただの暴君のようなものになるのだと思います。
私が今回読んだ本には、具体的に「○○をするのを辞める」というようなことを書き、「よくある誤解」と「具体例」、「この対応が正しい」というような節で続く本となっており、結構読みやすいものです。
私が書いたもの以外にも、いろいろありますので、もし、識学というものに興味を持たれたのであれば、読んでみてもよいかもしれません。
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